1月 『狼たちの午後』を観ました。
『狼たちの午後』
舞台は1972年のニューヨーク、ブルックリン。そこで3人の男が銀行強盗を決行する。
しかし、この男たちは犯罪に関してはズブの素人の上に、計画自体もかなり杜撰。しょっぱなから仲間の内の1人は怖気づいて逃げ出し、その後もおたおたしているうちにあっという間に通報されて、銀行は警察によって包囲されてしまう。
そして、銀行強盗は銀行員9人を人質にして銀行に立てこもることなるのだが、事態が膠着していくに従って、だんだんと奇妙な事態に陥ってゆく。はじめはおびえていた人質たちは強盗にたいして親近感を抱くようになるし、銀行周辺に集まった野次馬たちは彼を英雄視し始める。さらに彼の愛人であるという男が現れ、この事件の目的が彼の性転換手術費用を稼ぐためのものであることが判明する。
実際に起きた事件を元にしたものらしいが、そうであるゆえに時代も国籍も違う僕には難解だった。難解だった点を箇条書きすると次のようになる。
・銀行強盗の内の一人ははベトナム帰還兵であり、それがゆえにサイコパス(快楽殺人者)になってしまったという設定だが、ベトナム戦争とその後の戦争神経症の悲惨にたいするリアリティがぼくにはうまく掴めなかった。
・銀行強盗が「アッティカ!」と叫んで野次馬たちから喝采されるシーンがある。作中ではこれをきっかけに銀行強盗は英雄に仕立て上げられてゆくのだが、この流れがうまく分からない。ネットで調べたところ、これはアッティカ刑務所という所で起きた囚人の暴動事件に対して、鎮圧の過程で何人かの囚人が殺された事件を示しているのだそうだ。しかし、この事件の詳細についてはそもそもどちらが悪いのかも含めてよく分からないし、銀行強盗が正当化されるほど当時は、警察や看守に対する不信感があったのだろうか。その辺がよく分からない。
・終盤、銀行強盗がホモセクシャルであり、この事件は愛人の性転換手術費用を稼ぐためのものであることが判明するが、当時のホモセクシャルに対する差別の度合いが分からないため、うまく犯人たちに同情することができない。どうやら当時は、性同一性障害だとされると精神病院に収監されて薬づけにされてしまっていたらしいということはわかるが、それ以上のリアリティはうまくつかめなかった。
おそらく、この映画公開当時のアメリカ人にとって、これらのことは説明するまでもなくリアリティをもって知っていたことなのだろう。また製作側にとってもこれらの背景を説明することはあまりに映画を冗長にしてしまうし、なによりそうやって話を一般化することは、彼を英雄視した野次馬たちや当時のマスコミと同じ轍を踏むことになってしまう。そう考えると、落とし所としてはベストだ。
映画のリアリティというものが、ここまで作成された時代や地域によってきめられてしまうものなのかを知る意味ではかなり考えさせられる作品でした。









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